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  • 2009.01.17 Saturday
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「吉田裕:アジア・太平洋戦争」はお薦めです。

 昨日の続きです。今日9日の朝日新聞、日曜定例の読書欄、ここに「話題の本棚」というコーナーがあって毎週4冊の新刊書を紹介していますが、今日は太平洋戦争関連の4冊で、吉田裕著「アジア・太平洋戦争」も取り上げられていました。「日本近現代史を専攻する著者が、日米交渉から無条件降伏までの総力戦のさまざまな実態を描く。戦後処理の前提となるべきはずの戦争責任の問題を強く意識した構成となっている」と要領よく紹介されています。これはその通りで、最近の諸研究にも目を配りながらコンパクトに全体像をまとめていて、この戦争の概説書としては最適の一冊だと思います。

 私はかねてから、「戦後民主主義」はアメリカから押し付けられたという側面よりも、日本社会の内部から発した側面のほうが比重が大きいという見解をとってきました。戦力確保のための生産者優遇政策が地主制の空洞化を招き、それが戦後の農地改革に直結したこと、婦人会活動や女子挺身隊への動員が女性の社会的進出の素地となったこと、戦時中から戦後へと続く中等学校への進学率の向上などです。

 筆者はこれらに加えて、戦時中の産業報国会組織が戦後の企業別労働組合の枠組みを準備したこと、遅配欠配が続く配給制度の下で「闇」に頼らなくては生存できなかった生活実態が、「戦後民主主義」の私生活優先意識の歴史的前提となったことなどを指摘しています。
 後者の論点に関していうなら、タテマエとしての「忠君愛国」・「臣道実践」の陰における、本音としての「私生活優先」・「家族本位」は、国民中で大きなウェイトを占める自作農・小作農の、戦中・戦後を通じて一貫した意識だったのではないかを私は考えています。戦中戦後の時期に限ったことではありませんが、人びとの意識として表面に現れてくるのは、どうしても知識人のそれ、都会人のそれが大多数となります。それが時流をつくり、それに乗った言論がますます盛んになり、それに同調しない声は抑圧されがちです。歴史を見る場合、このへんのことを割り引いて考えねばならないし、戦中・戦後史の研究には、もっともっと「農民の意識」を発掘することが必要だと思います。

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  • 2009.01.17 Saturday
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  • 09:35
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コメント
今年の初め頃60歳頃の人と雑談をしていた時、こんな話が出ました。「何故日本はこんな無謀な戦争をしたのかを知りたいと思うがなかなかそれに答えてくれる本に出合えない。しかし、最近読んだ半藤一利の『昭和史』はなかなか面白かった」と彼はいいました。そこで私は少し見当はずれの「半藤は雑誌の元編集長ですが、専門の日本近現代史家に頑張ってもらいたいですね」と話しました。しかし、すでにこの「岩波新書」のシリーズが出ていましたが私はそのことを話題にはしませんでした。50数年以前に岩波新書「昭和史」が話題になりましたが、それ以後日本近現代史家による話題作はないような気がします。そこで期待されたのがこの「アジア・太平洋戦争」ですが、読み始めて20ページほどでダウンしました。年のせいもあるのですがなぜか読みにくいのです。そこで今回管理人さんの勧めもあるので何故途中でダウンしたのか考えてみました。まず第一は史実がたくさん辞書のように詰め込まれすぎていることです。これが読み難くしています。これはこの「シリーズ日本近現代史」全体を通じていえます。第二に史実が豊富な割には説明不足です。たとえば「フランス領インドシナ当局との間に軍事協定を締結」(p3)とありますがこれはその当時フランスはドイツに占領されていたことを知らなければ理解できません。その説明がありません。大学入試問題としては面白いかもしれません。第三に文章がまずいということです。たとえば「汪兆銘に対する和平工作*****中国側の充分な支持をえることができなく*****脱出した汪兆銘は*****国民政府を」(p4)とありますがこれは「汪兆銘を通じて」でなければ文意が通じないと思います。これらは私のボケの言い訳かもしれませんが、最初に紹介した人にこの本を紹介する気にはなりません。
 歴史は英語ではhistory ですが語源としてはstory 物語と同根です。歴史は記述するのでなく物語ってもらいたいものです。特に一般向けには。
 なお、このシリーズで比較的すらすらと楽しく読めたのは最初の「幕末・維新」だけです。
  • 中田一二
  • 2007/12/12 3:00 PM
中田さん、コメントありがとうございました。私は、この本が特に読みにくいとは感じませんでしたが、一般論としてはおっしゃるとおり、もっと読みやすく面白いほうがいいと思います。
ただ、今のところ、日本の歴史とりわけ近現代史について何か書くということは、いやおうなしに政治的意味合いをもつ「論争」に参加するということになりますから、「身構える」ことになりやすいのではないでしょうか。

第三点については、「汪兆銘を通じて」としたのでは、意味が変わってしまいます。当時の日本政府は、汪兆銘を対象として工作したのであって、汪を通じて汪以外の主体に働きかけようとしたのではありません。中国のナショナリズムとそれに支えられた国民政府の実力を見誤ったところに根本的な誤りがあったということでしょう。
  • hchikai
  • 2007/12/13 11:39 AM
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