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  • 2009.01.17 Saturday
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12月8日からの連想

 68回目の12月8日がやってきました。

 臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。
 大本営陸海軍部午前六時発表―― 帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。

 昭和16年12月8日午前7時に発せられた日本放送協会の臨時ニュースです。あれから67年経ったということです。当時、私の家にはラジオはありませんでした。私の村では、役場、学校、駐在所などを除くと、一般家庭でラジオを持っていた家は数えるほどしかありませんでした。だから僕たちは学校へ行って授業が始まってから、臨時の集会が寒い運動場で開かれて、校長先生からそのことを聞きました。明確な記憶はありませんが、やはり「戦争だ!」という気分になったと思います。日中戦争は昭和12年の盧溝橋事件から数えても、すでに4年以上を経過していたにもかかわらずです。

 今年は、前空幕長、田母神俊雄氏の言動があの時代の雰囲気を思い出させてくれました。田母神問題に関連して、私が一番気にしているのは、軍のトップリーダー層における、目を覆いたくなるほどの知性と教養の欠如です。今流行の言葉で言えば、品格がないのですね。そして、これが特定の個人の問題にとどまらず、時代の風潮となっている点に非常な危険性を感じるのです。知性、教養を無視し、反発し、攻撃し、時には辱めてみせる風潮です。そのようなパフォーマンスに対して沸き起こる拍手喝采。無責任な匿名言論の暴走。行き着く先は暴力への幻想でしかないではないでは?

 先日たまたま観ていたテレビが、最後の海軍大将・井上成美氏を取り上げ、彼が軍の幹部の教育に何よりも「教養」を重視していたと述べていました。
 私は今、田母神俊雄氏と井上成美氏の写真を見比べて、「男は40歳を過ぎれば自分の顔に責任がある」というリンカーンの言葉を思い出しています。

田母神-井上

小泉毅という人物

 前回のブログ「テロルのかたち」で私は、元厚生事務次官襲撃事件は政治的テロルとみて、ほぼ間違いないだろうと書いた。それをアップしたちょうどそのころ、事件の下手人を自称する人物は、自首すべく警視庁のあたりまで出かけていたことになる。この出頭で、事件が「政治的テロル」であるとは言い切れなくなったが、それでも謎はかえって深まったように思う。
 彼、小泉毅の陳述や、彼が残している「証拠物件」は彼が捜査当局や社会に向けて意図的に発している「操作された情報」であって、そのままで「事実」を表しているとは考えないほうがいい。慎重な吟味が必要なことは言うまでもない。
 そういうことで、今のところ、著しく情報が不足しているので、あやふやなことしか言えないが、私は名乗り出た小泉毅という人物について、以下のように見ている。

 その主な根拠は、写真でみる彼の「面構え」である。四十歳を過ぎた男は自分の顔に責任があるといわれるが、彼の「面構え」が少年時代とは一変していることは、高校までの同級生たちが証言するところである。どちらかといえばおとなしい性格だったとも言われている。したがってあの顔は、20歳代以後の不安定な生活の積み重ねの中で、彼自身が「辛苦」の挙句作り上げてきたものであろう。あの顔は、孤独な「引きこもり」で作れるものではない。またネットなどバーチャルな世界に比重をかけた生活の中でも作れはしない。
 あの種の顔は、たとえば「やくざ」など、独特な社会関係の中で形成されるのが普通である。であるから、彼は、歪んだ形ではあっても社会生活の中にちゃんと入り込んでいたと見るべきである。その点で彼は、社会に入れないであがいていた秋葉原事件その他の無差別殺人事件の犯人たちとはまったく異質である。
 であるなら、彼を取り巻く人間関係が解明されないかぎり、事件の実相は不明のままに終わるだろう。

 付言するなら、小泉毅の「自首」は入念に準備され工作されている疑いが濃い。そのために必要な時間的余裕は十分だった。故郷の父親への電話、手紙などももちろん取材・捜査の対象になることを予想してのものだろう。取り揃えられた「証拠物件」の中には、事後に作られたものもあるかもしれない。秘匿すべき証拠は、破壊されるなりなんなり、とにかく処分されているはずだ。家宅捜索で出てきた物件は彼が提供したいと望んだものであろう。もちろん、その死角に入っていたモノを発見しようと捜査当局は頑張るだろうが、多くのものは期待できない。

麻生太郎氏の特異感覚

 「この言葉よ、届けと念じます。ともすれば、元気を失いがちなお年寄り、若者、いや全国民の皆さん方のもとに、申し上げます。」

 これは9月29日、国会で行われた麻生太郎内閣総理大臣の所信表明演説の、最初のほうの一節です。このあとに、日本よ、強くあれ、明るくあれ、と続きます。

 私自身は「年寄り」ですから、麻生氏によって、「元気を失いがちな」存在と見られているわけです。さらに、文脈全体のなかで考えてみれば、「元気を失いがちな」のは年寄りだけではなく、若者も、いや全国民がそうだと麻生氏は言っているのでしょう。

 「元気」というのはたいへん曖昧なことばですが、それでも、現在の日本国民の多数が元気を失いがちになっていると決め付けるのは、現実認識の問題としてもいかがなものかと私は思います。
 
 それに、仮にそう思っていても、当の相手に面と向かってのっけから、そう言い放つ人というのは、かなり珍しい。言われる側からすれば、なにか見下されているようで、いやな感じを持つ場合があるかもしれません。

30年ぶりの山崎ハコさん

山崎ハコライブ

 先日のブログで山崎ハコさんの「織江の唄」の一節を引用しました。私はどういうものか、ハコさんの古いファンで、彼女の初期のレコードを2枚だけ持っています。上の写真はそのレコードの写真です。70年代後半のデビュー当初から、ハコといえばひたすらに暗いイメージでした。少なくとも私はそう受け取っていました。
 それから30年近く、今でも「織江の唄」は車のMDに入れていますが、その後の彼女の活動についてはほとんど知りませんでした。

 そして、つい先日、偶然 YouTube で、最近の彼女の「織江の唄」を見ました。そして驚き、かつ感動しました。

山崎ハコ:織江の唄(YouTubeの動画)

 私の貧しい想像の域外にある、強い「織江の唄」でした。それを歌い切ったハコさんが積み重ねた年齢のすばらしさを思いました。

 若い皆さん、年をとるのは悪いことではありません。十分に価値のあることです。そりゃ、私のように80歳に手が届きそうになれば、また違った意味合いも出ては来ますが…

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